デルポイの神託


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■デルポイの神託

デルポイの神託とは、ギリシア中央部、パルナッソス山の南麓に位置するデルポイのアポロン神殿において、女性司祭ピュティアが告げた神託です。

デルポイの神託は、紀元前八世紀頃に確立されました。最後に神託が告げられたのは、紀元後393年、ローマ皇帝テオドシウス一世が異教の神殿に活動を止めるように命じた時です。この期間中、千年以上にわたってデルポイの神託は、ギリシア世界において最も権威のある神託として名声を博します。

写真は、デルポイのアポロンの聖域です。手前に劇場、奥に神殿が見えます。


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■神託の起源

デルポイは往古、ピュトと呼ばれました。そこには大地の女神ガイアに捧げられた託宣所があり、女神テミスとポイベが神託を司っていました。

ギリシア暗黒時代(初期鉄器時代、紀元前十一世紀から紀元前九世紀)にアポロンがこの地に到来し、ガイアを守護する竜のピュトンを倒し、託宣所を奪います。

後の神話では、女神テミスもしくはポイベが託宣所をアポロンに与えたとして、アポロンの行為を正当化します。

図は、赤像式酒杯(キュリクス)『テミスとアイゲウス』(ベルリン旧博物館所蔵)です。女神テミスが三脚椅子に座って、アテナイ王アイゲウスに予言を告げています。


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■女性司祭ピュティア(一)

女性司祭ピュティアは、アポロン神殿の中で三脚椅子に座り、岩の裂け目から立ち昇るガスによって誘発された興奮状態で神託を告げます。彼女が話す支離滅裂な言葉は、男性司祭たちによって謎めいた予言に再形成されます。

この通説に対し、古典に登場するピュティアは皆、理知的に話し、彼女自身の声で予言を告げているという反論が出されています。

図は、ジョン・コリア作『デルポイの女性司祭』(南オーストラリア美術館所蔵)です。


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■女性司祭ピュテイア(二)

しかし、最近の地質学的研究によれば、地震性の地盤破壊によってできた裂け目からガスが放出され、ピュティアの霊感状態を引き起こした可能性が有力です。

デルポイのアポロン神殿は、南北方向に走るケルナ断層と、コリントス湾に平行して東西方向に走るデルフィ断層の交点に位置します。また、神殿の下の基盤岩は石灰岩であり、その約20パーセントはビスマスで、炭化水素に富み、ピッチを多く含みます。

一つのシナリオでは、地震が起こると、摩擦によってビスマス層が加熱され、気化した炭化水素が岩の裂け目を通って地表へと上昇し、神殿内へ達します。

写真は、デルポイのアポロン神殿です。


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■神殿入口の格言

デルポイのアポロン神殿の入口には、二つの格言 「おまえ自身を知れ」と「限度を越えるな」が銘板として掲げられていました。さらに、第三の格言「おまえは在る」も伝えられています。

銘板の存在は、考古学的な発見ではなく、書かれた伝承によって知られています。伝承から、格言の解釈に転換があったことも推測されています。

「おまえ自身を知れ」は、本来はアポロンから参詣者への挨拶で、「ごきげんよう」と言うほどの意味でした。「おまえは在る」は、参詣者からアポロンへの帰依の言葉で、「私たちには神であるあなたがおられます」というのが本来の意味でした。

起源はアポロンと参詣者が交わした言葉でしたが、後になって、言葉の持つ内省的な意味が前面に現れます。

第一の格言「おまえ自身を知れ」は、自己の内的な人格との葛藤を通して、外的世界の問題解決をはかることを要請しています。

第二の格言「限度を越えるな」は、自己の行為に節度を持つことを要請しています。

第三の格言「おまえは在る」は、自己の実存の認識と承認を要請しています。

写真は、デルポイのアポロン神殿です。


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■オイディプス王

デルポイの神託は、テーバイの王ライオスに、「いつの日か、王の息子が王を殺し、王の妻を娶るだろう」と予言します。恐れた王は、新たに生まれた子供の踵を刺して縛らせ、子供を山中に捨てるよう羊飼いに命じます。羊飼いは子供をコリントス王とその妻に渡します。夫妻は子供を養子とし、子供の踵が腫れていたため、オイディプス(腫れた足)と名づけます。

こうしてオイディプスは、自分の出自を知ることなく、コリントスで成長します。オイディプスに「おまえは自分の父親を殺すだろう」という神託が告げられると、彼は実の父と信じるコリントス王を気遣って、コリントスを離れ、テーバイへの旅に出ます。

旅の途上、道が交差する所で、オイディプスは僅かの従者を連れて旅をするライオス王に出会います。王はオイディプスを盗賊と信じ、道を通らせようとしません。オイディプスは、ライオス王と従者たちの大部分を打ち殺します。こうして、二つの予言のうちの一つが実現されます。

続いて、オイディプスはスピンクスの謎を解くことに成功し、テーバイの人々をスピンクスから解放します。その褒賞としてオイディプスは、ライオス王の後継者としてテーバイの王に任命され、実の母であるイオカステを妻とします。こうして第二の予言が実現されます。

夫婦は、彼等の血縁関係について知らないまま、次々と四人の子供をもうけます。テーバイにおける幸福な年月が過ぎた後、疫病が発生します。その時、デルポイの神託は「ライオス王の殺害者を発見しなければならない」と告げます。オイディプスは事件を調べ、彼自身が探していた殺害者であり、実の母親を妻としたことに気付きます。それを知るとイオカステは自ら首を吊り、オイディプスは自ら盲目となります。

図は、シャルル・ジャラベール作『テーバイの疫病』(ルーアン美術館所蔵)です。盲目となったオイディプスは、娘のアンティゴネと共に、諸国を放浪します。


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■クロイソス王

クロイソスは、リュディア王国の最後の王です。その莫大な富で知られ、彼の名前は大金持ちの代名詞となっています。

紀元前560年、クロイソスは、七つの神託(デルポイ、ドドナ、シワなど)の信頼性を試そうとします。使者たちは、旅へ出発してから百日目に、それぞれの神託に、クロイソスが今なにをしているか問うように命じられます。王はその日、誰も思いつかない事をします。仔羊と亀を、蓋を開いた金属製の瓶で煮ていたのです。デルポイのピュティアだけが、正しい答えを告げました。

紀元前547年、クロイソスはペルシア王キュロス二世に敗北し、リュディア王国は滅亡します。その戦いを前に、クロイソスは信頼するデルポイに神託を求めますが、一杯食わされます。神託は、「クロイソスが侵攻したとき、彼はひとつの王国を滅ぼすだろう」と告げます。クロイソスは「王国」をペルシア王国のことだと解釈して喜びますが、それは彼自身のリュディア王国のことでした。

図は、クロード・ヴィニョン作『クロイソス』(トゥール美術館所蔵)です。クロイソスがリュディアの農夫から税金を受け取っています。


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■テミストクレス

紀元前480年、アテナイの人々はデルポイの神託から「都市を放棄し、木の壁によって防衛せよ」という予言を得ます。テミストクレスは「木の壁」が船を指すと解釈し、三段櫂船を投入して、サラミスの海戦でペルシア遠征軍を打ち破ります。

図は、ギリシア連合艦隊の三段櫂船の模型(ミュンヘン、ドイツ博物館所蔵)です。


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■ソクラテス

ソクラテスを尊敬するアテナイ人のカイレポンは、デルポイに赴き、「ソクラテスより賢い人間がいるか」と問います。デルポイの神託はこれに答え、「ソクラテスより賢い人間はいない」と裁定します。

この神託についてソクラテスは、「私自身は知らないことを常に意識している。そしてまさにこのことが、知恵に到達するための前提である」と説明します。ソクラテスは、デルポイの七賢人と並んで、第八の賢人と呼ばれるようになります。

図は、ジャック=ルイ・ダヴィッド作『ソクラテスの死』(ニューヨーク、メトロポリタン美術館所蔵)です。


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■アレクサンドロス大王

紀元前335年、アレクサンドロス大王は、計画中のペルシア遠征について助言を得るため、デルポイを訪れます。しかし、ピュティアは王をじらして、神託は神々によって決められた時にだけ告げられると言います。

待たされることに激怒した王は、乱暴にピュティアの髪をつかみ、神殿へ引きずり込みます。彼女は、「私を放せ、小倅。まったく、おまえには、かなわない」と叫ぶしかありません。するとアレクサンドロスは、「よし、俺は答えを得た」と言って、ピュティアを解放します。神が、王を息子と呼び、誰も王に敵対できないと言ったからです。

図は、シャルル・ル・ブラン作『アレクサンドロス大王のバビロン入城』(パリ、ルーブル美術館所蔵)です。


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■デルポイのシュビラ

紀元後二世紀、ギリシア人の旅行家パウサニアスはデルポイを訪れ、『ギリシア案内記』に「大地からそそり立つ岩がある。デルポイの人々が言うには、ヘロピレという名のシビュラがそこに立って、神託を唱えた」、「このシビュラは、生涯の大半をサモスで過ごしたが、コロポン領クラロス、デロス、デルポイも訪れた。彼女はデルポイを訪れるたびにこの岩の上に立ち、聖歌を歌ったのだろう」と記します。

パウサニアスによれば、「エリュトライのシビュラ」も「デルポイのシュビラ」も、同じ女性預言者ヘロピレの別称です。さらに注目されるのは、パウサニアスが、あまりにも有名な「デルポイの神託」と、シビュラとを関係付けていないことです。

ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂に五人のシビュラ(リビア、エリュトライ、デルポイ、クマエ、ペルシア)を描きます。パウサニアスがあげた四人のシビュラ(リビア、エリュトライ、クマエ、ペルシャに相当)と比較すると、ミケランジェロは「エリュトライのヘロピレ」とは別に「デルポイのシビュラ」が存在すると考えたようです。

それではミケランジェロは誰を「デルポイのシビュラ」として描いたのでしょうか。「デルポイの神託」を司ったアポロンの女性司祭ピュティアなのかもしれません。

図は、ミケランジェロ・ブオナローティ作『デルポイのシビュラ』(バチカン、システィーナ礼拝堂天井画)です。

なお、講座55「シビュラ」もご参照ください。


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